2009年02月のアーカイブ

アディクション

 保護司の研修会がありまして、講師としてNPO法人で薬物依存支援センター「ダルク」“drag addiction rehabilitation center”というのがありますが、その大阪支援センターの施設長の“倉田めば”という方でした。この方は、外郭団体「フリーダム」を作られて、薬物依存者の家族の支援活動もしておられます。

 私は、保護司をしていて様々な方と出会い、またこのようにして普段なら余り知ることはないだろうと思われることについても学ぶ機会が与えられて感謝なことです。そうした中で、牧師として“福音”のもっている意味や意義を改めて考えさせられます。

 “アディクション”という言葉が上記の支援センターの名前の中に出ていますが、日本語では「嗜癖」といいます。それを引き起こしていくものに、酒、ニコチン、カフェン、ドラック、薬、食べ物、過食、拒食、ダイエット、ショッピング、仕事、スポーツ、ギャンブル、カルト集団、ケーム、パソコン、虐待、恋愛、性、家族、異性など、そのほかにも挙げることが出来ると思いますが、ここに挙げているものは、その物事体が依存症を生み出していく力があるもの、例えば、酒やニコチン、薬物などがありますが、しかし、お酒をたしなむ人たちは多いわけで、その人たちがお酒に依存しているとは言えません。ですから、やはり依存を生んでいくのは、その人自身の問題が大きいわけであります。

 “倉田めば”という方は、著書「薬物依存からの回復」という中で語っておられることですが、14歳からシンナーを吸い始めたようで、もともと優れた方で、そこからドロップアウトをしたいということで始めたのが、30歳ごろまで続けることになるのです。しかしその後、回復されて、今では支援者として活躍しておられます。ルカ22章32節「しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」という御言葉を思い起こします。

 なぜ、人はアディクションを起こすかというと、心の「安定」を得るためだと言えます。私は、倉田さんのお話しを聞きながら、感じたことの一つは、“誰しもこの依存性というのは持っている”、そのように思いました。私は本が好きです。なかなかゆっくりと読書する暇はないのですが、それも心の安定を得るための一つなのかも知れません。

 聖書は、“人は神のかたちに似せて造られた”と証言していますが、あるいはギリシャ語で人間を“アントロポス”と言い、「上を仰ぐ」という意味があるそうで。そんなことを考えると、人間を超えた存在に繋がりたい、そうすることによって平安を得る、そんな願望というものが、人間の魂の奥の奥に備わっているのではないかと思われるのです。その繋がる相手を間違えるとおおごとになるわけです。

 だとすると、ヨハネ伝15章1節~2節「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。」と語られているように、イエスに繋がって生きる、信仰を明確に持って生きることが正常な人間の姿ではないのかと思います。

 最近、景気悪化のために自殺者が増えているとニュースで報道されていますが、先進国の中でも日本は自殺者が多いといわれています。どうしてなのか。私は学問的に研究したわけではないので、“こうです”とはいえませんが、牧師として言えるのは、日本人は、初詣などなは何十万人という人は出かけますが、“日常を信仰によって生きている”という人は少ないと思います。仏教国ともいわれるが本当にそう言えるのか、疑わしいと思います。

 私が、教会総会の時に挨拶の御言葉として選んだものですが、詩編37編3節~4節「主に信頼し、善を行え。この地に住み着き、信仰を糧とせよ。主に自らをゆだねよ/主はあなたの心の願いをかなえてくださる。」。この御言葉がとても大事だと思えてならないのです。

投稿者: 日時: 15:06 |

暗闇の中でも

 キリシタン研究と言えば、それ自体で完結していたのが、今では日本の歴史の中にキリシタン史を位置付け、その意義・意味が研究されています。あるいは美術史とか音楽史、そうした視点からもキリシタン史が見直されたりしています。そうした中で最近出版された一つに「キリシタン禁制の地域的展開」という書物で、これは著者・村井氏の博士論文がもとになったものです。筆者は、興味深く読んでいまして、一つ感じたところを書きますと。

 幕府のキリシタン政策の大きな転換点となったのが“天草・島原の一揆”であったと思います。これを境にして“キリシタン宗門改役”という専門部門が幕府の中に設けられ、最初の改役として井上政重が任じられています。彼はもと大目付という立場でキリシタン禁制に関わっていたのです。

 当初、藩によってキリシタンに対する取り組み方が異なっていたようです。以前、キリシタン大名の大友領であった豊後などでは、徳川時代には小さな藩に分かれていましたが、大変厳しくキリシタンを取り締まっていました。おそらく、幕府との繋がりを意識してのことでしょう。しかし北の松前藩などは、“ここは日本にあらず”などと言って、禁制下においてもキリシタン宣教師の布教を許していました。各地から金工夫としてキリシタンたちが流入していたようです。また徳川御三家である尾張藩もキリシタンを積極的に取り締まりませんでした。藩の“仕置き権”を放棄していたと言えます。捕縛はするのですが、それは幕府の主導的な働きにおいてであります。

 それが“キリシタン宗門改役”が生まれてから変わっていきます。各藩のキリシタン政策に積極的に介入していきます。そして各藩に“キリシタン改役”を作らせていきます。そして幕府の“キリシタン宗門改役”に、各藩は、隠れキリシタンが露顕したときに取り扱い方の指示を仰いでいるのです。時には老中の指示まで仰いでいます。要するに幕府はキリシタン取り締まりという口実のもとに中央集権制を強化していっているのです。幕府は取り締まったのはキリシタンだけでなく、檀家制度を確立していきますが、仏教に対しても、信徒の宗教的な集まりに僧侶の出席を禁じたり、国を越えて僧侶間の交流を禁じて、信仰を深化させることを妨げています。

 論文の中に“備前国切支丹帳”に記された一キリシタンの“佐伯村与二右衛門”という男の話しが出てくるが、妻も子供も獄死し、そうした中で彼は、一度は信仰を捨てたものの立ち返ります。そのことが幕府に報告され、取り扱い方を仰いでいます。幕府はキリシタンの信仰を恐れたのではなくて、権力を強化するために利用した、それだけのことのようにすら思えてきます。その陰で多くの人々の人生がめちゃくちゃにされ、命まで奪われていった。そんなことがあっていいのかと思うのだが。しかしそんな中にあっても信仰に生きようとした人々がいたのです。

 今も変わらないものを見るような気がしますが、闇の中でキリストの福音がどれだけの希望と勇気と慰めを与えたことだろう。

 話しは変わるが、手塚治虫の作品に「鉄腕アトム」があるが、もの物語の始まりは、ある科学者の子供が交通事故で亡くなり、悲しんだ父親はその子どもの代わりに少年のロボットを作る。当初は喜んでいたが、成長しないロボットに腹を立て、いじめ、ついにサーカスに売ってしまう。そのロボットが御茶ノ水博士と出会い“鉄腕アトム”として出発していきます。アトムは悲しい過去を引きずりながらも、たくましく生きていきます。手塚治虫は「ムウ」「ブラックジャック」という作品もそうですが、人間の闇の分部にメスを入れた作品を書いています。

 たくましく、図太く生きたいものだ。

投稿者: 日時: 23:17 |

因果応報

 岩波書店から出ている雑誌「図書」に載っていたことですが、一部紹介をしたいと思います。

 「情けは人のためならず」という言葉がありますが、最近の若い人たちは「情けは人のなめにならず」と「に」を入れて読むのだそうです。間に「に」を入れると意味がまったく変わってしまいます。ですから、今の若い人たちは、“一時的な情けというのは、その人のためにはならない”と理解するわけです。しかし、この理解はなかなか面白いと思いますし、言わんとするところは人を納得させます。説得力をもっています。

 しかし「情けは人のためならず」のもともとの意味は、“人に情けをかけていたら、いつか巡り巡って自分に返ってくる”という意味です。因果応報ということです。この言葉の背景には仏教思想があるようで、「善因楽果・悪因苦果」というところから来ているようです。著者曰く、“人に親切にする時ぐらい報いを考えずにしたいもの”ということですが。人間という者は、「報い」がなければ「神も仏もあるものか」と思う者です。著者によると、ブータン王国の人たちは、この仏の報いを長いスパーンで、それこそ地上のことだけでなく、来世をも含めて考えているので、日本人のように短いスパーンで仏の報いを考えていないので、「神も仏もあるものか」とはならないそうだが。しかしいずれにしても「報い」を求める、それが動機となっている行動には変わりがない。

 この「因果応報」、“こうすれば、こうなる”、要するに律法主義ということになるのではないかと思うのですが。この考え方は、仏教に限らず、聖書の中に登場する人たち、例えば、弟子たちにも見られます。ヨハネ伝9章で、生まれつき盲人の癒しが行なわれますが、その際、弟子たちは、生まれつきの盲人を見て、「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」とイエスに質問をしていますが、これって「悪因苦果」という考え方ですね。

 だとすると、「因果応報」という考え方というのは、民族を越え、宗教を越えて人間が共通に持っているものなのかも知れません。だとすると、この思想というのはどこから生まれてくるのだろうか。どこから来るのだろうかと思います。キリスト教的に言えば「原罪」のなしうることだと言えるでしょう。

 主イエスは、“自分を愛するように隣人を愛せよ”と言われ、更には“汝の敵を愛せよ”とまで言われました。この勧めの背後には報いを求める思いはありません。この行動の動機となっているのは、主イエスが、まさにそのように、私たちの隣人となり、いや、聖書には、私たちがまだ「敵であったときでさえ、御子の死によって神と和解させていただいたのであれば、和解させていただいた今は、御子の命によって救われるのはなおさらです。」とまで書いています。この神の愛が根底にあるのです。

 と、しますと、私たちの中から沸いてくるような愛ではありません。人間の外から与えられる、差し込んでくる光のような神の愛です。それが人間の中に差し込んでくる時、人は大きく変えられていく。それが聖書のメッセージです。

投稿者: 日時: 23:14 |