真実の姿

 真実の姿というものはなかなか見えてこないものである。人の言葉によって作り上げられていく、ということがある。それだけに真実を求めるのは、歴史の好きな私としては興味あるところです。

 吸血鬼ドラキュラの話のもとになっているポーランドのある王の話は少しは知っていたのだが、BSの番組で詳しく知ることができました。以下簡単に触れてみたいと思います。

 “吸血鬼ドラキュラ”のモデルになっているのが“串刺し公ブラド”と呼ばれる、今のルーマニア、マラキヤ公国の王、ブラド・シュペシュという人である。彼は城の周りに人を生きたまま串刺しにしていたといいます。そしてそれを目の前にして食事している姿が版画となり出回っていたといいます。本当に彼は残忍な王だったのでしょうか。

 ブラド・シュペシュは別名、ブラド・ドラキュラと言うそうです。父親がブラド・ドラクルと呼ばれ、“ドラクル”とは龍という意味で、父親は勇敢な騎士であったようです。その“龍の子”ということで“ドラキュラ”と呼んだそうです。その名前は彼は気に入っていたとのことです。しかし“ドラキュラ”にはもう一つの意味がある。それが“悪魔”というのだそうだ。ポーランドのある地域には、死人が生き返って人間にわるいことするという伝説があり、実際に、死人の心臓に杭が打ち込まれていたといいます。それと繋がって吸血鬼ドラキュラの話が生まれてきたのでしょう。

 このようなイメージが作られてきた背景には、彼が生きた時代がありました。マラキヤ公国が置かれていたところは、カトリック地域とオスマントルコ、イスラムの世界に挟まれ、マラキヤはギリシャ正教の地域でした。両地域からの脅威にさらされ、とくにオスマントルコがスルタンのもと、勢力を拡大してきていました。その最前線に位置していたのです。ブラドが重視していたのは“情報”でした。捕えたトルコ兵を生きたまま串刺しにし、その恐怖心を味方にして彼は国土を守る戦いに臨んだのである。彼の兵士はⅠ~2万と言われ、それで何十万かのトルコ兵と戦ったのである。

 当然、マラキヤは破れることになるが、スルタンはマラキヤに入り、同胞が串刺しにされているのを見て、こんな男と戦っていたのかと恐れたという。彼はハンガリーに逃れ、後に再びマラキヤの王位につき戦い、そして戦死をすることになる。時代に翻弄され、国土を守るために戦い抜いた王の物語である。ルーマニアのある地域では、今も家の玄関に“ブラド・シュペシュ”の肖像を飾る習慣があるそうだ。“こうして働くことができるのは彼のおかげ”ということで感謝をしている。ルーマニアでは英雄なのである。

 聖書の中に次のような祈りがあります。
18:13 ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』
18:14 言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、・・・だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」

ここに「憐れんでください」という言葉があります。これは「憐憫の情で見てください」という意味ではなくて、「私に対する怒りを鎮め、和解してください」という祈りです。徴税人は、当時の人々から良しとされる人間ではなかったが、自ら神の前に立った時に罪の塊としか言いようがない、そんな自分であることをよく知っていた。だからこそ「憐れんでください」と祈った。

 ブラドの心の中は知る由もないが、国土をただ守るため生きたが、その手は血に染まっていた。そのことは彼自身が一番よく知っていたことであろう。彼も神の前に立った時は、たとえ英雄であろうとも“憐れんでください”としか祈るいがいに道はない。

 真実な姿とは何なのか、まさに徴税人が祈った祈りに答えがある。しかし、聖書は言う「だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」と。ブラドの話は特別だが、さて、私たちは聖なる神の前に立った時、自分がどのようにみえてくるのだろうか。真実の姿が見えてくるだろうか。

投稿者: 日時: 2010年02月03日(水) 23:25