2012年02月のアーカイブ

「it’s Greek to me」

 シェークスピアの書いた史劇の「ジュリアス・シーザー」は1599年に初演され、1623年に出版されています。その第1幕第2場、シーザーが暗殺される一カ月前の事ですが、暗殺計画を立てようとしている者たちの中のキャスカという人物の台詞に次のようなものがあります。

 Nay, an I tell you that, Ill ne'er look you i' the face again: but those that understood him smiled at one another and shook their heads; but, for mine own part, it was Greek to me. I could tell you more news too: Marullus and Flavius, for pulling scarfs off Caesar's images, are put to silence. Fare you well. There was more foolery yet, if I could remember it.

 「それが言えうるなら二度とお目にかからんね。分かった連中はにやにや笑い合って頭を振っていた。だが、こちとらにはちんぷんかんぷん(it was Greek to me)さ。それよりも一つ新しい事件があった。・・・」
                   木下順二 訳

 「私にはギリシャ語だ」という言葉が「んぷんかんぷん」という意味の慣用句として、「it’s Greek to me」として今日では使われています。

 シセロという元老院議員がギリシャ語で話をした、その言葉がキャスカとかキャシアスとかブルータスたちには理解できなかったのです。しかし、当時、ギリシャ語というのは今日の英語のように世界語として用いられていたと思われるのですが、その点、このシェークスピアの理解には疑問を感じるのですが。

 新約聖書の多くの部分を占めますが、パウロの手紙はギリシャ語で書かれて、幾つかの教会宛てに送られているのです。パウロはラテン語が出来ないからギリシャ語で書いたのでしょうか。そうではなくてギリシャ語が一般的に使われていたからギリシャ語で書いたのでしょう。パウロはローマ市民権をもっており、またユダヤの歴史家ヨセフスは、ユダヤ人は多くの言語に精通していたことをユダヤ古代史の中で語っています。

 しかし、私も何度か海外旅行、インドネシア、南米、ドイツなどに行きましたが、言葉が分からないのは、頭の中に?マークが何十個もあらわれて、「ちんぷんかんぷん」で、困ってしまいます。相手の言っていることが分からないし、こちらの言いたいことも十分に伝えることが出来ない。まったく混乱してしまいます。

 ブルータスはキャシアスに言いくるめられてシーザーを暗殺するのですが、その後、アントニーとの戦いで「フィリパイの野」で自害することになります。まさに混乱です。

 混乱と言えば、これからの日本の政治はどうなって行くのか、なかなか先行きが分からない状況です。シェークスピアには言葉の面白さがありますが、今の政治家の言葉は面白くはない。信用が出来ない、そんな気がします。そん中でも、私たちには、自らの命を投げ出してまでも私たちを愛し抜いて下さったイエスの言葉があります。その言葉には実があるのです。

投稿者: 日時: 16:16 |